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アルカンの炭素〜sp3混成軌道〜



  1.アルカンの炭素

  なぜメタンは正四面体形をしているのでしょうか?
  メタンに限らず、アルカンを構成する炭素原子の結合の腕は、互いに約109.5°の結合角を成しており、正四面体に近い形になっています。これは、アルカンの炭素原子における4つの電子が、sp3混成軌道と呼ばれるエネルギーの等しい軌道に収容されており、互いに最も反発しあって正四面体の各頂点に位置しようとするためです。
  以下で詳しく見ていきましょう。


  2.原子について

  原子は、中心にある原子核と、原子核の周りにある電子殻で構成されています。
  原子の質量のほぼ全てを占める原子核は、プラスの電荷を持った陽子と、電荷を持たない中性子からできており、これらは核力によって結びついています。同じ元素の原子核中に含まれる陽子の数はその原子番号と等しく一定ですが、中性子については、含まれている数の違う、幾つかの同位体(アイソトープ)が存在します。また、一般に原子番号が大きくなり、原子核に含まれる陽子の数が増えるに従って、静電気力によるプラスの電荷同士の反発が大きくなってくるので、これを緩和するために中性子の数も多くなります。
  電子殻は、陽子と同じ大きさのマイナスの電荷を持った電子が存在している場所であり、原子核に近い内側から順にK殻、L殻、M殻、N殻・・・と名前がついています。それぞれの電子殻には、内側から数えた番数を二乗して2倍しただけの電子を最大で収容できます。つまり、K殻には2個、L殻には8個、M殻には18個・・・というように電子を収容できます。
  また、原子において、最も外側の電子殻に収容されている電子のことを最外殻電子または価電子と言い、この価電子の数によって原子の性質がある程度決定されてきます。基本的には、この最外殻に電子がいっぱいに収容されている、つまり閉殻である場合、あるいは最外殻に8個の価電子が収容されている、つまりオクテット則を満たしている場合に、原子は安定となります。周期表の18族にあたる希ガス元素(ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノン、ラドン)は単独でこの閉殻またはオクテットのため、単原子分子として存在できます。それ以外の原子では、原子同士が互いに電子を出し合う共有結合、一方が他方に電子を与えて互いに陰陽のイオンとなり結合するイオン結合、全ての原子が電子を放出し自由電子として結合する金属結合などによって、最外殻をオクテットにしようとします。(ただし、近年最外殻がオクテットでなくても安定である化合物が多数発見されている)有機化学において、主に扱う結合は共有結合です。


  3.電子軌道について

  それぞれの電子殻は、幾つかの電子軌道によって構成されています。各電子軌道には、2個までの電子を収容することができるので、K殻は1つの電子軌道から、L殻は4つの電子軌道から、M殻は9つの電子軌道から・・・というようにできています。電子軌道に2つの電子が収容されている場合、これらの電子は逆向きにスピン(地球で言うと自転のこと)することでお互いのスピンによる磁界を中和し安定化されます。電子軌道は、どの電子殻であるかに関係なく、エネルギーが低い順にs軌道が1つ、p軌道が3つ、d軌道が5つ、f軌道が7つ・・・というように分類されます。同じ種類の軌道は、幾つかあってもエネルギーが等しくなっています。
  K殻はs軌道1つのみからできており、これを1s軌道と言います。L殻はs軌道1つとp軌道3つからできており、これを2s軌道、2p軌道と言います。また、2p軌道は3つ存在しているため、それぞれ2p軌道、2p軌道、2p軌道のように表すことができますが、これらは便宜的な分類であってそれぞれに違いがあるわけではありません。有機化学において主に扱うのはこれらの軌道までです。(図・1)のように、1s軌道および2s軌道は球形をしています。2p軌道はそれぞれ亜鈴(あれい)形をしており、3つが互いに直交しています。

(図・1 電子軌道)

     

  これらの電子軌道は、エネルギーの低い方から順に1s軌道、2s軌道、2p軌道となりますが、必ずしも内側の電子殻にある電子軌道のエネルギーが低いというわけではなく、その順番は下表に丸囲みの数字で示したように、右上から左斜め下に並ぶようになっています。

K殻 @ 1s 1個      
L殻 A 2s 1個 B 2p 3個    
M殻 C 3s 1個 D 3p 3個 F 3d 5個  
N殻 E 4s 1個 G 4p 3個 I 4d 5個 L 4f 7個


  電子は、よりエネルギーの低い軌道から順に収容されていき、同じエネルギーの軌道が複数ある場合は、まず一つずつ収容されていきます。よって、原子番号1番の水素は1s軌道に1個の電子が収容されており、これを(1s)のように表現します。原子番号6番の炭素は1s軌道に2個、2s軌道に2個、2p軌道に2個の電子が収容されており、これを(1s)(2s)(2p)のように表現します。このとき2p軌道に収容されている2個の電子は、1つの軌道に2個とも収容されているわけではなく、2つのp軌道に1個ずつ収容されており、これは3つのp軌道のうちのどの軌道でも区別がありません。原子番号が10番までのその他の元素の電子配置を下図に示します。赤字で示したものは閉殻を示しています。

原子番号

元素

K殻

L殻

電子配置

水素

 

(1s)

ヘリウム

 

(2s)

リチウム

(1s)(2s)

ベリリウム

(1s)(2s)

ホウ素

(1s)(2s)(2p)

炭素

(1s)(2s)(2p)

窒素

(1s)(2s)(2p)

酸素

(1s)(2s)(2p)

フッ素

(1s)(2s)(2p)

10

ネオン

(1s)(2s)(2p)



  4.原子の結合

  原子はなぜ結合するのでしょうか?
  それは、結合を形成することで、存在するために必要なエネルギーが低くなり、より安定するからです。
  電子は、電子軌道の中に存在していると書きましたが、実際にはいつもその位置にあるわけではなく、電子軌道のあたりに存在している確立が高いということなのです。電子は、波動関数というものに基づいて波のように運動しており、電子雲と呼ばれるような状態に広がっています。
  一方、2つの波が合成されることによって、定常波という波ができます。定常波とは、普通の進行する波と違って、全く振動しない節と、激しく振動する腹が交互に配置している波のことです。両端を固定した弦を振動させると、定常波の一種を観察することができます。
  電子の場合も、電子軌道の中に一つだけ収容されている電子を普通の波であると考えると、電子が一つだけ収容されている軌道同士が結合すると、定常波の場合と同じように、元の電子軌道より高エネルギーの軌道(反結合性軌道)と、低エネルギーの軌道(結合性軌道)が形成されます。このとき、これらの軌道にも2つまでの電子が収容されるため、2つの電子は両方とも結合性軌道に収容されます。その結果、全体で存在するために必要なエネルギーが低くなり、より安定化することができるのです。(図・2上)
  水素や炭素などの、電子軌道に1つだけ収容されている電子、つまり不対電子を持っている原子は、このようにして結合を形成することで安定化することができます。
  同様にして、ヘリウムがなぜ結合をつくらず、単原子分子として存在するのかも説明できます。ヘリウムは、1s軌道に2個の電子を持っていますが、この軌道同士が結合した場合、水素などの場合と同様に、反結合性軌道と結合性軌道が形成されます。そこで、結合に使用された4個の電子のうち、2個は結合性軌道に収容されるのですが、別の2個が反結合性軌道に収容されるため、全体として結合しても存在するために必要なエネルギーが低くなりません。(図・2下)よって、ヘリウムは結合によって安定化できないので、単原子分子として存在するのです。

(図・2 結合によるエネルギーの変化)

 

 



   5.電子軌道の混成 〜sp3混成軌道〜

  炭素原子は、上に示したように、一つの2s軌道に2個の、三つの2p軌道に2個の電子を持っています。しかし、このままでは他の原子と結合を二つしか作れず、オクテットになることができません。仮に二つの原子と共有結合した場合、2p軌道二つを使って結合することになるので、その結合角度は90°となり、より反発力を生じる上に、2p軌道のうち一つは空軌道(電子の全く入っていない軌道)となってしまいます。
  そこで、炭素原子は、自らの一つの2s軌道と三つの2p軌道を混成(混ぜ合わせて新しい軌道をつくること)させ、新たにsp3混成軌道という四つのエネルギーの等しい軌道を作り上げます。このsp3混成軌道一つの形は(図・3上)のようになっています。これら互いにエネルギーの等しい軌道は、反発しあって(図・3中)に示すような、互いに約109.5°離れた正四面体形の構造をとります。この図において、黒い三角形で表された線は画面の手前を向いており、灰色の三角形で表された線は画面の向こう側を向いています。なお、2s軌道1つ、2p軌道3つから成っているsp3混成軌道は、混成する前の2s軌道の性質を25%、2p軌道の性質を75%持っています。
  こうして、エネルギーの等しい四つの軌道を手に入れた炭素原子は、他の四つの原子と共有結合をつくり、オクテット則を満たすことができるようになりました。そこに例えば4つの水素が結合すると、メタンCH となります。(図・3下)

(図・3 sp3混成軌道)





コラム:ページの有機化合物

プロパン(propane)
CH-CH-CH

 

系統名:propane
分子式:CH
分子量:44
性状:無色気体
融点:-187.6℃
沸点:-42.1℃

  炭素数が3のアルカン(メタン系炭化水素)に属する。プロパン自体に異性体は存在しないが、置換基としてはそれぞれ1位の水素および2位の水素を置換したプロピル基・イソプロピル基が存在する。
  天然ガス成分の一つ。1910年、米国鉱山局の化学者ウォルター・O・スネリングによって、ガソリンの揮発分の中から発見された。
  常温で無色無臭の気体
(プロパンガス等のガスに特有の臭いがあるのは、強い臭いを持つ有機化合物であるチオールやスルフィドが添加されているためである) 空気に対する比重は約1.5であり、プロパンガスが漏洩すると床面に溜まる。可燃性があり、空気中での爆発限界は体積比で2.2〜9.5%である。次にプロパンの完全燃焼の化学反応式を示す。

 C + 5O → 3CO + 4H

  酸化されるとプロパノールとなる。

 C + HO → C
 + 2H + 2e

  また、光照射でハロゲン等と置換反応を起こしてハロゲン化プロピルを生成する。次に塩素との置換反応の例を示す。このとき二種類の異性体が考えられる)

 C + Cl → C
Cl + HCl

  プロパンは天然ガス・石油より得られる。また、分子量のより大きい炭化水素のゼオライト等を触媒に用いたクラッキングによっても得られる
(このとき、反応中間体として生成するカルボカチオン(炭化水素の陽イオン)の安定性より、炭素数が3のプロパン類縁体が最も生成しやすく、それ以下の炭素数の炭化水素は生成しにくい。)
  液化プロパンガスとしての用途が最も多い。また、冷凍機等の冷媒としても利用されている。





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